2022.04.27

メンタル不調はなぜ言いづらいのか。こころの病気と共に働くということ

 あなたの周囲に、こころの病気と共に生きている人はいるだろうか。あるいは、あなた自身がそうだろうか。

 一昔前と比べて、メンタルヘルスはだいぶ身近なイシューになった。生涯で五人に一人がこころの病気に罹患すると言われるほど、精神疾患は一般的なものである。コロナ禍による社会変容が大きなストレス要因となり、人々のメンタルヘルスに影響を及ぼしているのも既知の事実だ。

 しかし、今なおメンタルの問題は語られづらい。社会にはびこる偏見、恥の意識に罪悪感、先の見通せなさなどから、当事者は口をつぐむ。

 メンタル不調を抱える人がもれなく周囲に〝告白〟すべきだとはまったく思わないが、「言えない」と「言わない」は別物だ。特に職場においては、罹患者への理解がどれほどあるかがダイレクトに働きやすさに影響する。今回の記事では、うつ病、適応障害、双極性障害を抱える複数の社員に話を聞き、働くこととメンタルヘルスについて考えた。

一人の社員がうつ病をオープンにした

 今年、うつ病を公表した社員がいた。エンジニアの城川さんだ。リブセンス社内のカジュアル1on1プラットフォームで、城川さんは「うつ病になって参ってる人、心が疲れちゃっている人、話しましょう」という題目を掲げ、話し相手を募っていた。城川さんはどうしてうつ病であることをオープンにしたのだろうか。本人に聞いてみた。

「自分の場合は、一緒に働いていた人がうつ病経験者だと知っていたので、比較的気軽に相談でき、症状の改善へつなげることができました。ただ、他人がうつ病かどうか、自分と同じバックグラウンドを持っているかを知る機会は多くないと思うので、他の誰かにとって安心して相談できる相手になれたらいいなと思いました」

 城川さんが身体に変化を感じたのは、およそ一年前。他人と比べて、自分のできていないことにばかり目がいき、夜も眠れない。普段なら気にしないようなことが気になり、感情の起伏が激しくなった。身近にいた経験者にそれを話すと「それはたぶんうつ病の症状だから、病院に行け」と背中を押され、メンタルクリニックに行くとやはりうつ病と診断された。

「おそらく原因はタスクの積み過ぎでした。ストレスには大きく分けて、環境からくる外的要因と、心理的負荷からくる内的要因があると言われています。クリニックの先生とともにストレス要因を探していったのですが、リブセンスの社外で自分の事業をやっていたこともあって、以前から上司に働きすぎを指摘されていました。服薬を始め、社外の活動をストップし、社内の業務量も調整したところ、症状が少しずつ良くなっていきました」

 チームの助けがあり、城川さんは休職することなく治療を続けている。チームメンバーには事情を話し、できる仕事と避けたい仕事について共有した上で業務量が多くなりすぎないよう調整してもらっているという。以前は、睡眠と食事以外のほとんどの時間を仕事に充てていたが、現在は裁量労働制や有給休暇を活用しながら、無理をしない働き方をするようになった。

 メンタル不調の言いづらさについて、城川さんは次のように話す。

「精神疾患って、セクシュアルマイノリティの構造にも近いのかなと思っていて。話がわかる人がいれば話したいけど、わざわざ自分から発信するようなことでもないから、当事者は抱え込んでしまう。僕自身はうつ病を恥ずかしいことだと思っていないけど、恥ずかしく思う気持ちも理解できます。誰かのためになるならと公表したけど、一方でこれが誰かのプレッシャーになってはいけないとも思っています。うつ病患者は働き続けるべき、公表すべきとはまったく思わないので」

 城川さんは「自分は恵まれている」としきりに言っていた。うつ病でもなんとかなると思うことができ、オープンにできたことについて次のように話す。

「公表できたのも、非常に相談しやすい人たちに囲まれていて、弱みを吐き出しても問題ない立場にいたからだと思うんですよね。正社員の技術職というのも弱みを見せられた要因の一つだと思うし、独身なので家計を担うプレッシャーもありません。立場や環境がちがったら、状況も変わっていたかもしれません。
 周囲に体調不良で働けないときがあることを伝えたことで『周囲にはできると期待されているはずなのに、できていない自分が辛い』という状況が消えたのはよかったと思っています」

社会に残るスティグマ問題

「うつ病にかかったのでヘルプが必要です」

 この一言が言えるか否かは、置かれている環境によって変わる。よく考えれば当然なのだが、納得だった。困りごとを口にできるかは本人の性格が大きな因子になっていると思っていたが、いくら根が楽観主義だったとしても、周囲が精神疾患を正しく理解していなかったり利害に影響したりするのなら、そりゃあ言うのをためらうだろう。

 城川さんのほか、三名の社員が匿名で協力してくれた。
 マネージャーのAさんは、半年ほど前からメンタル不調を抱えており、通院しながら仕事を続けている。集中できないため生産性が低下し、自己嫌悪に陥るという悪循環を繰り返している。自分は誰からも必要とされていないのではと苦しくなる日もあるという。医師からは休職も一つの選択肢として提案されているが、それを選ぶには至っていない。

「人に打ち明けるのは簡単なことじゃないですよね。昇進昇格に間接的にでも影響するんじゃないかと不安だし、メンバーに話して『この人がリーダーで大丈夫なのか』と思われたくない。病気になったら休むべきだと頭ではわかっているんですけど、休職したとして、家族がいるのでその間の収入も心配です。一度言ってしまったらもう後戻りできないから、誰にどこまで言うかはすごく迷います」

 労働者には休む権利がある。しかし現実問題として、それを行使したときの副作用を無視することはできない。まずは収入の問題。奨学金の返済、家のローン、子の学費など、人生は支払いの連続だ。会社の健康保険に入っていれば、休職しても給与のおよそ三分の二の傷病手当金が出るのでただちに収入がゼロになることはないが、精神疾患は回復の見通しを立てづらいため経済的な不安は残る。

 社会的信用にも影響しうる。心療内科や精神科への通院経験があると団体信用生命保険(団信)に入れずローンを組みづらくなることがあり、これからローンを組む可能性がある人が通院をためらい、症状が悪化することもある。

 さらに多くの当事者が心配しているのはその後のキャリアへの影響だろう。確かに精神疾患は以前より認知されるようになった。しかし罹患者に向けられる社会的スティグマは現存している。スティグマとは差別・偏見と訳される。語源はギリシア語でかつて奴隷や犯罪者など反道徳的な者につけられた「烙印」。現代では特定の属性を持つ人に対する根拠のない認識やレッテルを貼ることを指し、「ふつうではない」というかのような精神疾患に向けられる眼差しはまさに烙印だ。

 わかりやすい攻撃的な差別は減っているだろう。だが、重要な情報を知らせない、プロジェクトにアサインしない、出世コースから外すなどの水面下で行われる戦力外通告は、もっぱら「精神疾患がある人にはここまでできないだろう」といった決めつけから始まる。それはときに配慮という名の善意に基づいていることもあるだろう。育休から復帰した社員が、比較的責任の軽い仕事しか任されなくなることを「マミートラック(パピートラック)」というが、それと同様、罹患経験者も意欲はあるのに単調な仕事ばかりを頼まれ、健康でない者のトラックへと誘導される。

 プレジデント誌の調査によると、精神疾患を抱える人を「その人のせいではないと思う(どちらかというと含む)」とみる人は90・1%、「本人の弱さに問題がある(どちらかというと含む)」とみる人は9・9%だった。精神疾患は本人が弱いせいだと考える人は一割にとどまったが、十人に一人いるとも言える。

 出世している人の多くはストレスや過労で倒れなかった人たちだ。経営者やマネージャーのメンタルヘルスも昨今問題視されているが、社員の昇進昇格や配置を決めるパワーを持つ人がもし「精神疾患は本人の弱さが原因だ」と考えていたとしたら。これまで病んだことがないことは素晴らしいことだが、既存の成功体験には生存者バイアスがかかっており、精神疾患は本人の能力とは関係ないことを知ってほしいと切に願う。

「環境を変えろ」と簡単に言うけれど

 うつ病などの精神疾患の回復には「寛解」という言葉が用いられる。症状が改善し、問題なく日常生活を送れる状態が寛解だ。完治ではなく、わざわざ寛解という言葉が採用されるのは、それだけ再発の可能性が高い病気だからだ。当事者たちは、再発の不安をいつもそばに感じながら働くことになる。寛解後はもとの生活に戻すのではなく、ちょうどいい働き方を模索しながら、日常を刷新していかなければならない。

 うつ病と適応障害の既往歴があるBさんには、数カ月の休職経験がある。転職や異動による環境変化がトリガーになりやすいという。

「私の場合、環境の変化に弱いという特性があって。転職や部署異動など、環境が大きく変わるタイミングは人一倍注意しなければいけません。リブセンスに入社したての頃もよく体調を崩していたのですが、職場の人との信頼関係もまだできていないので、誰に相談していいのかわかりませんでした。それでも騙し騙しやっていたのですが、休職するほど悪化したのは、コロナのタイミングです。ちょうど仕事内容が変わったときにコロナが直撃して突然リモートワークが始まったので、ダブルの衝撃にはちょっと耐えきれませんでした」

 入社直後は、組織の暗黙的な常識に慣れるために空気に敏感になる。自己開示して周囲に調整してもらうより、新参者が「なじむ側」とならざるをえない。

 さらにBさんは「そもそもIT業界は変化が激しいので、はなから体質に合っていないんです」とも。それならば特性に合う業界に行けばいいのではという考え方もあるかもしれないが、Bさんの話を聞いて気付かされたのは「特性」と「気持ち」は別物だということだ。

「人も仕事も好きだし、今から業界や仕事内容を変えるのも大変です。転職した先が合うかどうかの保証もないので、『もうこんな職場どうでもいい』くらいにまで吹っ切れていないとなかなか動けないですよね」

これからの頑張り方がわからない

 Cさんは十代の頃からメンタル不調と付き合っている。学生時代からたびたび学校を休むことがあり、リブセンスの前に働いていた会社でも休職を経験した。そこでうつ症状と診断され、十年以上うつと二人三脚をしてきた。しかし、ここにきて新事実が明らかになった。

「うつ病じゃなくて、双極性障害だったんです」

 双極性障害とは、ハイテンションで活動的な躁状態と、憂うつで無気力なうつ状態を繰り返す病気。双極性障害はかつて「躁うつ病」といわれていたこともあり、うつ病の一種と誤解されがちだが、この二つはまったく別の病気で治療も異なる。本人が躁状態を自覚していないことも多いためうつ病と双極性障害の見分けは難しく、双極性障害患者の約六割は初期診断がうつ病/うつ状態だったという調査もある

「思い返すと、これまでも仕事にすごく打ち込める時期があったんですよね。エンジンを全開にして、チームの人との衝突も厭わないくらい戦闘モードになって。本気になって打ち込む仕事は楽しいし、やりがいもありました」

 双極性障害がわかったのは昨年。不調を感じてメンタルクリニックに行ったのだが、Cさんは新しい医師にこれまでの既往歴を説明するためにプレゼン資料を用意した。雄弁に語るCさんをみて、医師は「うつ病患者さんはふつうここまでできません」と指摘したという。

「病名がわかると安心する人もいるかもしれませんが、わたしの場合は不安しかありませんでした。一生付き合っていかなければいけない病気だったことがとにかく衝撃で。双極性障害の治療は、躁状態とうつ状態の波が大きくならないように薬で調整するのですが、その薬に慣れるのも大変でした。表現しづらいのですが、感情を無理やり押さえつけられている感じで、飲み初めの頃は副作用で気を失って倒れることもありました」

 さらにつらかったのは、躁状態の〝幸福感〟を否定しなければならなかったこと。

「やる気がみなぎって精力的に仕事に打ち込めていた状態が、実は好ましくない躁状態だったことを知って、これからどうがんばっていけばいいのかわからなくなってしまいました。薬で波を抑えている今、自分としては『ちょっと元気がない状態』なのですが、これがちょうどいいみたいで。興奮に任せてやりすぎないよう制御することが、その後の反動(うつ状態)の回避につながるし、長生きするために必要なのも理解しています。ただ、これまでの自分の幸福感を手放して、新しい生き方を構築していかなければいけないことに戸惑っています」

言うべきか、言わないでおくか

 今回はざっくりと「こころの病気」をテーマにしているが、うつ病、双極性障害、パニック障害、強迫性障害、摂食障害、PTSDなど、種類も症状もさまざまだ。回復のプロセスも向き合い方も人それぞれ違う。本人の意志を尊重することを大原則とした上で、職場において「メンタル不調を周囲に言ったほうがいいのか」を考えてみたい。

 なお、本人が納得している場合でも、医師が言わないほうがいいと判断することもある。それを左右するのは職場の理解度。先に挙げたスティグマ問題もあるため、周囲に言うことが罹患者の助けになるかどうかは慎重に判断すべき事項だ。

 ヒアリングをするなかで印象に残ったCさんの言葉がある。Cさんはかつて精神疾患があることを周囲に隠し、休職にも恥の感覚があったが、少しずつ考え方が変わってきた。今も病名は伏せているものの、体調不良で配慮が必要であることはオープンに話すようにしている。

「周囲との関わり方で悩んでいたとき、相談した人に『病気でパフォーマンスが下がっている状態を、自分の実力だと思われたくないんじゃない?』と言われて、すごく共感しました。今はギアを下げざるをえないけれど、元気になったらまたがんばりたい。それを周囲に知ってもらえていることで、少し焦りは減ったような気がしています。波のある病気なのでまた休職することがあるかもしれませんが、また休むことがあっても前よりは気軽に捉えられそうです(Cさん)」

 マネージャーのAさん、環境変化が不得意なBさんにも聞いてみた。これまでほとんど周囲にメンタルの事情を明かしていなかったAさんは、徐々にメンバーに話すようになったという。働き方も工夫し、公私の均衡点を模索しているところだ。

「打ち明ける前は不安でしたが、みんな普通に受け止めてくれました。打ち明けて、辛くも楽にもなっていないのが本音ですが、話したことによる変化がなかったのがありがたいです。キャリア面での不安はありますが、これでよかったのかどうかって将来にならないとわからないのかなって思っています(Aさん)」

 Bさんは病気のことを誰にでも言うわけではないが、必要があれば話すといったスタンスで過ごしている。病気を言う・言わないにかかわらず、人間関係の「慣れ」に助けられているという。

「以前と比べて休みやすくなりました。特に私への個別対応というわけではないのですが、チーム全体がフレキシブルでみんな気軽に半休を取ったりするので、カジュアルに休めるのは気が楽です。もう一つ、メンバーの人となりに慣れたことも大きいです。以前は Slack の言葉尻一つ気になっていたのですが、相手がどんな人かがわかった今は、いい意味で雑なコミュニケーションができるようになりました(Bさん)」

 周囲に事情を告げたとして、その後どのように接してほしいか聞くと、次のような答えが返ってきた。

「正しい知識を身につけた上で一定の距離をとってほしいです。知識がない状態だと、とにかくかわいそうという感じで同情されるか、あるいは差別するかの両極端になると思っていて。心配してくれるのはありがたいけれど、必要以上に感情移入しないでほしいというのはあります(Bさん)」

働き続けることが本当にいいのか

 今健康である側には何ができるだろう。まずは、会社として知識レベルを引き上げること。何事も正しく知ることから始まる。以前、リブセンスで実施した「常識を考え直すワークショップ」ではジェンダーや発達障害を扱ったが、どちらも知識のインプットなくして合理的配慮や取るべきアクションに進むことはできなかった。知識をつけることは対話の土台になる。そして、知ろうとする姿勢が偏見を減らしていく。

 制度面でも改善できることはあるだろう。休職する人は「戻る場所がないのでは」と不安に駆られている。ときにはまだ万全でないのに、焦って復帰してくることもあるだろう。リブセンスでは現在、最長で六カ月の傷病休暇を取ることができる。この期間は会社によって異なり、三カ月だったり一年だったりする。この期間が妥当なのかは一考に値する。

 その他にも、リモートワーク、フレックスタイム制、裁量労働制など、治療との両立を叶えるためにできることは多々ある。「がんばれと言わない」「相手のいうことを受け止め、傾聴する」など、支援のための指針も……。

 けれど、どうして「それじゃない」感が拭えないのだろう。一つひとつの施策は意味があるし、やるべきなのだろう。ただ本質的にわたしたちに必要なのは「休んでも大丈夫」と思えることなのではないか。罹患した人にも、今は健康な人にも。

 今回、働くこととメンタルヘルスをテーマに掲げたが、どこかで「つらいときまで働く必要があるのか」と疑問にも思っていた。働き続けることが善であるというバイアスはわたしの中に存在しているし、多くの人がそうだと思う。もちろん、働きたい罹患者に門を閉ざすことなどあってはならない。けれど、その「働きたい」が腹から湧き出る意欲ではなく、置いていかれたくないという焦りから来るものならば、今健康である側が差し出すべきはフレックスでも時短でもなく、いつでもあなたの居場所はここにあると伝えることではないだろうか。

 「休む」というのは、休暇でも、休職でも、ときに退職であってもいいと思う。ヒアリングをする中で、過去にメンタル不調で退職した人が、新しい環境で楽しく働いていることを耳にした。会社をよくしようとする者は、退職を最も不幸なことのように考えがちだが、退職によって新しいスタートを切ることが本人の幸せにつながるケースもある。

 どうすれば早く復職できるか。どうすれば仕事と両立できるか。退職しなくて済む道はないか。これらはとても大切な視点だろう。ただ、もうひとつ。長い人生、働かない期間があったっていいじゃないか。そういうアイデアを心に忍ばせておく。休養したことで「まっとうな人生」のレールから降ろされてしまうなら、それは社会のほうがおかしいのだ。

 人生には波がある。今たまたま健康でも、明日どうなるかはわからない。うつ病は甘えだと思っていた人がうつ病になったとき、その人はきっと甘えだと自分を罰するだろう。事情を抱えた人を理解しようとすることは、明日どうなるかわからない自分を許容することにつながる。休んでも大丈夫、わたしもそう心に唱えて、今日も仕事をがんばろうと思う。

執筆 ニシブマリエ

白黒つけようとせず、複雑なものを複雑なままに。そんなスタンスを大切に、ジェンダーや社会的マイノリティを中心に取材・執筆している。リブセンスでは広報を経て、Q by Livesense 編集長に。最近、親になりました。

編集後記