2021.03.30

十人十色の転勤事情。人生観を尊重する転勤のあり方

 配置転換の季節。例年なら今頃は、送別会の嵐だっただろう。

 わたしがかつて在籍していた企業でも、辞令の出る二月下旬になると「Aさんは栄転だって」「Bさんは転勤を断って退職するらしい」といった真偽不明の噂がささやかれていた。今年、転居を伴う配置転換の多い企業はどのような様相なのだろう。例年通り、大規模なシャッフルを行っているのだろうか。

 新型コロナがもたらしたものの一つに、移動の制限があった。しかしそのおかげで、来たるべき未来が早回しで実現したともいえる。リモートワークの標準化、はんこ文化の廃止、ペーパーレスの推進。そして、これまで数多くのサラリーマンの肝を冷やしてきた「転勤」も、その必要性を見直す向きになっている。

 リブセンスにおいては転勤の事例はさほど多くないものの、東京に加え、宮崎と京都にもオフィスを構えているため、在籍中の社員9名が会社都合の転勤を経験している。リモートワークが浸透した今、転勤はどうなっていくのだろう。経験者に、当時のことを振り返ってもらった。

転勤をとりまく環境の変化

 転勤というのは、日本特有の制度だ。たとえばアメリカでは、希望しない者が転勤をすることはほとんどない。ではなぜ、日本では会社都合で転勤をさせることがこれほど一般的なのだろう。それは、終身雇用という労働慣行が背景にある。日本企業は正社員をクビにしない代わりに、強い転勤命令権を持っているのだ。

 転勤は、高度成長期においては合理性があった。当時は人口も増え、新しいビジネスが次々と生まれ、つくればつくるほどに物が売れた。従業員も、転勤を引き受けることで昇進・昇給といった利益を得ることができた。ところが、今や日本経済は成熟期を迎えた。少子高齢化による労働力の不足、それに伴う介護・育児問題、グローバル競争の激化など、日本企業が置かれている環境はガラリと変わった。企業と従業員のパワーバランスも変わりつつある。

 企業は長らく事業成長の名のもとに、個人の事情を勘案しない決定をしてきたが、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティが重要性を増す現代において、企業の転勤命令権と個人のあり方にひずみが生じているのは明白だ。就職活動生も、転勤を嫌気する傾向にある。二〇二一年の学情の調査によると、転勤のない企業を希望する学生は7割という。コロナ禍もその傾向を後押しし、「地元に帰れないのは不安」「家族のそばにいたい」といった理由から転勤は敬遠されている。

 さらに、転勤はときにパワハラや社内政治の手段としても使われてきた。上司に査定で低評価をつけられ〝とばされた〟という類の話は、枚挙にいとまがない。加えて、転勤はジェンダーの問題も孕んでいる。企業は配置転換をするとき、転勤候補者を男性にしがちだ。女性には育児が紐付けられているからだろう。しかし、男性なら単身赴任ができる、それが嫌なら妻子を帯同させればよいという考え方は、男性の家庭事情も女性のキャリア事情も軽視しているのではないか。

 このように、現代における転勤は、悪しき慣行として語られることが多い。では実際に、リブセンスの転勤経験者は、転勤が決まったとき何を感じていたのだろう。

ケース1 妻と五カ月の子とともに

 遠藤正幸さんは、二〇一五年から二年七カ月の間、宮崎に赴任した。当時、東京で担当していた業務が宮崎オフィスに移管されることになり、現地で指揮をとるため白羽の矢が立った。転勤が決まったときは驚きを隠せなかったという。

 「当時、子どもが生まれてまだ五カ月でした。これまで家族の誰もご縁がなかった地域ということもあり、正直ビックリしました。ですが、デメリットだけでなく、メリットも多いと思っていたので、素直にそれを伝え家族で話し合いをして決断しました」

 新天地で得たものは数え切れない。

 「宮崎オフィスでは百名以上の方を採用させていただき、多くのご縁ができました。以前よりも経営に近いポジションで仕事ができるようになったことでキャリアの幅も広がりましたし、行政への理解も深まり、地域の経済や課題を生活者として実感できたことは貴重な経験となっています。小さな子どもを連れての生活環境の変化には私も妻も不安はありましたが、社内外の方がサポートをしてくれたこともあり、当初の不安はすぐに解消され、家族としても想い出深い時間を過ごすことができました」

ケース2 社内転職でついた自信

 加藤めぐみさんは、出張に行った宮崎オフィスで、前出の遠藤さんから「こちらで一緒に働きませんか」と転勤の打診を受けた。最終的には自分で宮崎行きを決めたが、その決断は容易ではなかった。宮崎のほかにも異動先の選択肢があり、迷いを言語化するため、スプレッドシートに「職務」「人間関係」「住環境」などの項目を並べ、考えを整理した。当時のメモを見せてもらうと、次のような内容が記されていた。

(宮崎に行くと)環境が変わりすぎる。暑いのは苦手だし、車の免許もないから交通は不便だろうし、正直しんどい。家賃や物価が安くても、ときどき東京に飛んだりするだろうから、出費はそれなりにあるはず。引っ越しの手続き全般から大変そう。通院先も変えないといけない。広い家に住めるのはとても魅力的。

色んな意味でハイリスク。キャリアはこれまでと違う方向にいったん曲がることになるし、合わなくて転職する可能性もあると思う。東京に戻してもらえるのかも不安。私ひとりが行ったところで、何をどこまで変えられるのかと思うけれど、会社が期待をかけてくれているなら応えたい。うまくいったら、自分に対する肯定感は強まると思う。

当時のメモより

 加藤さんは宮崎で一年を過ごしたが、期待していたとおり、転勤経験はその後の自信につながった。

 「新しいことにチャレンジする、環境を変える、ということについて自信がつきました。もともと新卒でリブセンスに入り、業務内容はその時々で変わりつつも緩やかな変化の連続だったので『私はよそでやっていけるのか』という不安が常にありました。場所も業務も変わる転勤は『社内転職』のようなものなので、その不安が払拭されたように思います」

 東京を拠点にしていてはなかなか気づきづらかった新たな視点も身についた。

 「『宮崎から東京がどう見えるか』を実体験できたのは非常に良い経験だったと思います。コロナ以降はまた事情が変わりましたが、情報へのアクセスや意志決定への参画の容易さ、待遇などにやはり格差はあり、その点に気づけたことは大きかったです」

ケース3 骨の折れる小学校探し

 現在、宮崎に赴任中の青山成貴さんは、二〇一八年に東京から宮崎へ転勤し、現在も宮崎でリモート生活中だ。転勤の知らせは寝耳に水だった。

 「宮崎で責任者をやってくれないかと言われたときは、妻と子どものことばかり考えていました。私自身は住む場所にこだわりはなかったのですが、妻が出産を控えているタイミングだったので、妻が地元を離れることになるのは申し訳ない気持ちでした。打診から決定までは一カ月ほどあったので、家族でもじっくり話し合うことができ、会社には事情を説明し、転勤を三カ月後ろ倒しにしてもらうことで転勤を受けることにしました」

 生活拠点を変えるにあたり、小学生の子どもがいたので、小学校を考慮に入れた住居探しをしなければならなかった。宮崎では、小さなところだと全校生徒が百人程度。校風が子どもに合うか確かめるため、事前に何校も下見をして回った。

 「子どもに引越しの話をしたときはピンときていない様子でしたが、最終登校日にクラスでお別れ会をしてもらったようで、泣きながら帰ってきたのを覚えています。

 来る前は不安もありましたが、道行く知らない人にも挨拶をするような温かい土地柄なので、子どもが育つには素晴らしい環境だと感じています。家賃も安く、食べ物もおいしいので、QOLは大きく上がりました。ただ、こちらには終電という概念がないので、終電がいかに過剰飲酒から身を守ってくれていたか思い知りました(笑)」

ケース4 転勤先で恋愛をすると

 松田多恵子さんは宮崎への転勤後に現地で結婚し、現在も宮崎オフィスに在籍している。宮崎で生きていくことを決めたとき、悩ましい条件もあった。

 「初めは東京からの転勤という扱いだったのですが、一定期間経過後は、雇用形態を『地方正社員』に切り替えざるを得ず、給与は下がりました。家賃も生活費も安いので、困るほどではないのですが。それから、東京にいた頃は準社員で、正社員を目指していたのですが、宮崎で地方正社員になりそのルートが無くなったことは少し残念です」

 「女性にとっての転勤」についても、考えるところがある。

 「特に女性は、居住地周辺の治安も重要です。家探しのためだけに現地に行く必要があり、土地勘のある人のサポートが必須でした。それから、男性の場合は転勤先で彼女ができても『妻として東京に連れて帰る』選択肢が生まれるかもしれませんが、女性の場合は、転勤先で彼氏ができたら『そのまま永住する』覚悟が必要になることが多いと思います。新しい暮らしも楽しいですが、永住を決めたことで、友達も好きなお店も、東京で築いたコミュニティをすべて失ったのは事実です」

転勤そのものが悪なのではなく

 この一年間で、移動を伴わずともできる仕事がいかに多いかを全世界が学んだ。日本国内のみならず、かつてなら直接赴いて交渉していたような海外出張も、もはやオンライン会議で事足りてしまう。便利なツールは次々と開発され、各社はオンラインのセキュリティ強化にしのぎを削っている。

 ジョブ型雇用が一般化し、多様な働き方が認められるようになれば、転勤は自ずと減っていくだろう。しかし、なかには「転勤は今後も必要だ」という意見もあった。二年間を宮崎で過ごした千葉大樹さんは、その場所に住むからこそ得られるものがあると話す。

 「オンラインでできることはオンラインで、という現在の風潮も分かりますが、直接オフィスに集まることによるコミュニティ機能を私は大切にしたいです。オンラインで再現できることに限界はあると思っていて、極端な例になってしまいますが、会ったことのない人と結婚をするか、家族の葬儀をオンラインで執り行うか、子どもをオンラインで育てるかといえば、答えはNOだと思います」

 千葉さんのいう「コミュニティ機能」は、リブセンスとしても大切にしたい価値観の一つだ。リブセンスは昨年「はたらくを、発明しよう。」というプロジェクト名のもと、会社という共同体としての価値観を明文化した。今後、出社とリモート勤務のハイブリッド型を目指していくにあたり、わたしたちが何を大切にしたい会社なのかをことばにした。詳細はリンク先をご参照いただきたいが、次のようなものだ。

  • ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用。リブセンスはどちらかといえば、メンバーシップ型寄りの文化。
  • リブセンスには〝いい人〟たちが集まり、多重的、そして緩やかにつながっている関係性。これは枠組みというより、リブセンス・コミュニティ。
  • 多様な働き方を尊重し、リモートワークを活用しつつも、文化の拠点としてのオフィスも同様に大切にしていく。

 新しい働き方に伴い、転勤の扱いを今後どうするかは決まっていない。しかし「出社か、リモートか」に白黒つけられないのと同じように、「転勤か、残留か」も二元論で語れるものではないだろう。

 言えるのは、企業が従業員に転勤をつきつけ、住む場所という人生においても極めて重要な要素を一方的に決めてしまう旧来的な転勤のプロセスは、現代社会にそぐわないということ。地方格差にジェンダー格差、転勤は諸問題との関連性も深い。リモートが標準化し、職住近接の必要性が減り、ジェンダーイシューが日々取り沙汰されている時代の変遷のなかで、企業は転勤に関しても捉え方をアップデートする必要がある。

 ヒアリングのなかで、一つ気づいたことがある。転勤に伴う苦労はそれぞれあっただろう。しかし、ほとんどがポジティブな語り口だったのには正直驚いた。「転勤してよかった」という声さえあった。なぜなのかを考えてみると、おそらくそれは、転勤の打診を受け、最終的には「自分で決めた」からだろう。

 転勤の有無そのものが個人の幸せを決めるのではない。転勤をチャンスだと思う人もいれば、転勤をハードルに感じる人もいる。その選択に納得感があるか、自らの人生にオーナーシップを持てているかの実感が、その人の幸せを形作るのではないだろうか。企業に求められているのは、固有の人生観を尊重し、できうる限りの対話をし寄り添っていくことなのだろう。

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編集後記