2022.02.21

リモートで記憶に残る仕事はできるか。快適さと孤独のはざまで

 「最近感動したことは何ですか?」「どんな出来事が印象に残っていますか?」

 そう聞かれて脳裏にいくつかの出来事を思い浮かべた際、その中にコロナ以降の記憶はいくつ含まれるだろうか。

 リブセンスでは、コロナを機に二〇二〇年二月から全社員がリモートワークに切り替わり、早二年が経った。そして今後は「出社が基本、リモートはオプション」だった従来の働き方から、「出社もリモートも選択可能」とするハイブリッドな働き方にシフトすることを決めた。とはいえ、コロナ収束の目途が立つまではほぼフルリモートが実態だ。

 内定者や社員にリモートワークについてヒアリングすると、次のような意見が聞けた。

 メリットに多く挙がったのは「通勤が無くなったこと」「住む場所や働く場所の選択肢が広がったこと」「体調と相談しながら働けるようになったこと」だった。一方、デメリットには「他部署の人と関わることがほぼ無い」「チームの一体感や帰属意識が持ちづらい」「淡々と仕事だけをこなす孤独な環境」などが挙げられた。この二年間、リモートで働いた人なら一度はそう感じたことがあるのでは。

 そんな意見の中に、ハッとしたコメントがあった。

 「先日職場の人たちと、リブセンスの昔話に花を咲かせたんですが、話しながらふと思ったんです。リモートになってからの出来事って、あまり脳裏に焼き付いてないなと。何年後かに飲みながら昔話をしても、リモートになってからの思い出話ってあまり花が咲かなそうだなと思いました」

 想定していなかった観点だった。リモートワークに関する議論では主に生産性や業務のためのコミュニケーション術などが話題に上りがちだが、この状況が数年後、私たちの気持ちや動機にどのような影響を与えるかについては、そこまで大きく取り上げられていない気がする。私もさほど考えたことがなかった。

 しかし、人生の約三分の一の時間を捧げる仕事。きっと多くの人が給与をもらうためだけにその会社に居るわけではないはず。星の数ほどある企業の中からその会社を選んだのは、会社の志に共感したから、一緒に働きたいと思えた人が居るから、という人は決して少なくないだろう。それなのに選んだ会社での生活が、孤独で、感動が少ない日々の連続だとしたら、この会社を選んだ理由も徐々に薄れていってはしまわないだろうか。

 今回は、リモートワークで思い出に残る仕事ができるのかについて考えてみたい。

見えづらいリモート下の孤独

 昨年十一月に発表された内閣府の調査によると、リモートワークを実施する企業は全国で三十二・二%、東京都に限れば五十五・二%で、コロナ前の約三倍となる。

 リモートワーク実施企業の増加に伴い、あちらこちらで「リモートワークにおけるコミュニケーションの課題と工夫」のような記事を見る機会が増えた。基礎的なところで言うと、コミュニケーションを取りやすくするためにチャットやビデオ通話などのコミュニケーションツールを活用しましょう、意識的に雑談をしましょう、互いの状況を理解し合うために定期的に1on1をしましょう、などがよく書かれている。

 リブセンスの場合、以前からテキストコミュニケーションが活発だったが、コロナ以降はビデオ通話も同じレベルで活用するツールとなった。従来オフラインで実施していた社内イベントや研修もほぼすべてオンラインに切り替えることができた。

 こういった取組みができるのは、会社として社内コミュニケーションを大切に考えているからこそだと思う。それでも前述のヒアリング結果のとおり、多くの社員はコミュニケーション面に物足りなさを感じている事実がある。

 ここでもう少し具体的に、社員がどんなデメリットを感じているのか見てみたい。まずは、コロナ中に入社した新卒一年目・Aさんのコメント。

 「入社前は、会社の一員として仕事を頑張ったり、サークルでわいわい会社の人と多くの時間を過ごすイメージを持っていました。しかし入社後は、会社に所属する意識がほとんどなく、とりあえず業務だけをして過ごしてます。コロナが落ち着いていた時期は任意で出社することもできましたが、出社の必要が無いと、やはり在宅を選んでしまいます。実際に会ったことのない社内の方と積極的にコミュニケーションの機会を作るのはハードルが高い気がします」

 心がチクッと痛んだ。私には通勤がなくなったメリットが大きすぎて、リモート下にこれほど寂しさを抱えながら働いている同僚がいることに思い至らなかった。また、Aさんが思い描いていた会社生活が、Aさんが入社するほんの一年ちょっと前にはあたりまえに存在したことを考えると、何とも言えず切ない気持ちになる。

 Aさんは言う。「たまに出社すると『いろんな人が会社を支えてるんだ、自分も頑張ろう』とモチベーションが高まるので、出社も定期的にできてプライベートでも集まれる環境だったら、公私とも社内の人と濃い時間が過ごせたかもしれません」

コミュニケーションはエネルギーの交換

 在籍期間の長い社員のコメントも紹介しよう。入社十五年目・転職会議事業部で働く加藤めぐみさんは次のように語ってくれた。

 「働く環境の満足度としては、十点満点中八点。コロナ前後でトータルの点数は変わらないのですが、内訳が変わっている感じです。例えば、リモートワークになったおかげで居住地の自由度は高まり、オンラインコミュニケーションが発達しました。一方、業務で直接関わりのない人に話しかけるハードルは高くなりました。働きやすくはあるんですが、人からもらうエネルギーが減った分、私個人はしんどい時の踏ん張りが効きにくい気がします。『快適だが寂しい』がトータルの感想です」

 「人からもらうエネルギー」。そう言われて思い返すと、黙々と自分と向き合うことが増えるのに反比例して、人から刺激や熱量を受け取る場面が以前より減ったことに気がつく。もちろん、リモートワークでもチャットやビデオ通話で励ましの言葉をかけてもらって「頑張るぞ」と奮起したりすることはある。しかし、出社していたときは、誰かのひたむきな姿を見て自分も頑張ろうと思え、気の置けない人と会うだけで元気が湧いてくる、そんな体験があった。誰かと同じ場所にいるからこそ可能なエネルギーのやり取りは、今のようにみんなの姿が見えない会えない状況では生まれづらい。

 では、誰かと同じ場所で仕事をしている状況が再現できればリモートでも同様の体験ができるのかといわれると、現状では難しいだろう。ビデオオンにしたビデオ通話を一日中繋ぎっぱなしで誰かと仕事をする方法は考えられるが、画面越しだとなぜだか途端に見られている感覚が強くなり、それが気になって落ち着いて仕事をすることが難しくなる。

 最近注目されている「仮想オフィス」ではどうか。ゴーグルの必要なVRではなく比較的導入しやすいサービスの場合、ブラウザ上のオフィスに社員のアバターが表示され、誰がいるのかが分かるし、見かけた際にちょっと話しかけてみようかなという気になる。そういう意味で偶発的なコミュニケーションは生まれそうだと感じたが、すべてのコミュニケーションが画面越しに行なわれる点は、現状と比較して劇的に変化するわけでもなさそうだとも思う。

リモートは対面コミュニケーションに敵わないのか

 結局リモートは対面に敵わないのだろうか。なぜ同じ相手と同じ言葉を交わしていても、リモートと対面では感触が異なるのだろうか。そのヒントになりそうな情報があった。

 古代から、脳は「場所の記憶を覚えやすい」という性質があると認識されていたようで、「場所法」という記憶術が今も使われていたりする。その性質は物理的にも証明されており、海馬という脳の器官にある「場所を司る細胞・場所ニューロン」が関係していることが明らかになっている。場所ニューロンは人が場所を移動することで活性化される。例えば家からオフィスに出社したり、昼休憩に外にご飯を食べに行ったり。

 また、海馬のすぐ隣には「扁桃体」という、喜怒哀楽の感情に反応する器官がある。例えば、誰かと話して楽しいと感じたりショックを受けたりすると、扁桃体が反応し、それによって隣り合う海馬が刺激を受けて、そのときの記憶が強化される仕組みになっているのだ。

 つまり、脳の仕組み的に、現状のリモート環境で体験した出来事が印象に残りにくいのは必然だったのだ。仕事の内容は変われど、場所はいつも「家」なのだから。

 記憶の仕組みを知ると、オフィスの何気ない光景や出張先で見聞きしたことを数年経っても割とすぐに思い出せること、オンライン飲み会より対面の飲み会で見たみんなの表情の方が鮮明に思いだせることにも合点がいく。

 リモートにおけるコミュニケーションにまったく望みがないわけではない。場所ニューロンは「VR空間で移動した場合、身体的な運動を伴わなくても活性化する」という研究結果があり、「メタバース(仮想空間)」が普及すれば、自宅に居ながらオフィスで同僚たちと隣り合って働いているかのような、五感が刺激されるコミュニケーションや偶発性が生まれるかもしれない。 

 とはいえ明日からVRオフィスに出社できるわけではない。なかなか見通しの立たないコロナの影響でオフィスに出社できない状況も、チャットやビデオ通話がコミュニケーションのメインであることも、それに伴うコミュニケーションの不足や寂しさがあることも、魔法のように一気に解決する方法は、残念ながら現時点では無い。なんとももどかしいことである。

 できることを考えよう。誰かと繋がりたい、もっとコミュニケーションを取りたいと感じている人が、ヒアリングをして思いのほか沢山いることが分かった。正直なところ、業務と直接関係無い社内コミュニケーションがどの程度望まれているのか想像がつかなかったし、そんなに必要とされていないのではとさえ思っていた。しかし結果は、コミュニケーション機会を求める声が多く上がった。

 繋がりたいという気持ちを有していることを、互いに認識できるかできないかで心持ちは大きく違ってくる。必要に応じて、会社が社員にコミュニケーション機会を作ることも大切だが、私たち一人ひとりが互いに繋がろうと行動に移すことも重要ではないだろうか。

 ただ、今の率直な気持ちとしては、出社の必要がなければリモートで働きたい気持ちが大きい。ずっと家で仕事をしていても感動することや印象的な出来事は少ないし記憶にも残りにくい。人間関係がなかなか構築できず寂しさを抱えながら働いている同僚がいることに切なさも感じている。だから出社できるときに出社してみんなと一緒に働くことは大切だと、頭では分かっている。けれども、享受する目先のメリットが大きくてリモートをやめられそうにない。気持ちはあるけれどコミュニケーションのための行動が伴わない。私と似たような人が少なくないからリモート下の社内コミュニケーションが希薄化しているのだと考える。

 生産性向上が謳われるリモート環境において真っ先にこぼれ落ちてしまいがちな「誰かと繋がるためのコミュニケーション」。良好な人間関係は、良い仕事をするための大事な基礎だが、何より信頼できる仲間がいることは人生という長い期間で見たときに幸せなことだ。

 リモートのコミュニケーションは、対面のコミュニケーションで得られる熱量や濃度には及ばないかもしれない。けれど、課題が顕在化している今、互いに繋がろうと一人ひとりが行動すること、コミュニケーションがより活発になる仕組みを取り入れてみること、それら積み重ねが、その先にある「自分がここで働く意義」に繋がるのではないだろうか。

執筆 小山舞子

「もしも私がその人だったら」と、相手のこころに寄り添う気持ちを大事にしたいと願いながら記事執筆に向き合う。プライベートでは障がい者福祉支援団体でのボランティア活動、動物保護団体の活動支援を行う。二〇一九年よりリブセンスの広報を担当。