2021.11.30

ルールが変わるとき。あっけなく崩れたナイトワーク求人の掲載禁止令

 なんとなく続けてしまっていることがある。

 自分の常識に照らして普通だと思うこと、前任者から引き継いだまま疑いもしなかったこと、業界のみんながそうしていること。それで自分もなんとなく続けてしまう。そういうことはたくさんある。

 べつにそれが悪いわけじゃない。というより、そういう惰性を失くしては、そもそも仕事は成立しないというべきだろう。あらゆることに猜疑心を向け、ささいなことに逐一注意を奪われていては、いつまでも重要な仕事に向かうことはできない。
 わたしたちはその身のほとんどを惰性に委ねることによって、ようやくわずかな重要さに注意を向けることができる。だから、前提として、惰性は必要なものである。

 一方で、やっぱり、そういう惰性によって犠牲になることもある。ちょっとした注意を向けるだけで前進したはずのことが、いつのまにか見過ごされていく。変えられたはずのルールが、いつまでも変わらないでいる。

「これって本当にこのままでいいんだっけ」

 とかなんとか、そういう一言で事態は動き出す。たったその一言だけが足りず、慣習や前例は続いていく。
 口に出しづらい。わざわざ言わなくてもいいか。自分が言わなくても。そんな心持ちが来るべき変化を延期する。

 なんとなく続いてきたルールが変わるのは、どんなときだろう。どういう方法が、それを可能にするだろう。

 今日はリブセンスが運営しているアルバイト求人メディア「マッハバイト」の取り組みを取り上げたい。マッハバイトは先日、ナイトワーク求人の掲載を始めた。
 なんだそんなことか、と思うかもしれない。でもマッハバイトは創業以来、もう十五年ものあいだ一切のナイトワーク求人を掲載してこなかった。それを掲載するように変更したのだから、大決断だった。

 なぜ十五年もの歴史を覆し、掲載に踏み切ったのか。それ以前になぜ十五年も掲載がNGだったのか。まずはナイトワークがこの社会でどういう位置にあるのかを見ていきたい。

印象の中のナイトワーク

 ホストクラブ、キャバクラ、ガールズバー。こういうものを夜の仕事とかナイトワークと呼ぶ。なんとなくふつうの仕事、昼の仕事とはちがって見える。でも詳しくはわからない。スナックとかもあったね。風営法という法律があったはず。でもダンスホールがそこに含まれるとか、あれ、ガールズバーは含まれないんだっけ。それくらいの認識でいる。

 二〇二〇年の四月にコロナの影響で一斉休校が発表されたとき、子どもを見るために仕事を休む親に向けて、厚労省は補償金を用意した。しかしそこではナイトワークは対象外。厚労相は「公金を投じるのにふさわしくない業種」と言い放った。
 こうした発言は職業差別だと議論を呼び、その後厚労省は方針を転換。一方で経産省の管轄する制度融資ではナイトワークが対象から除外されたまま。国としてもちぐはぐなスタンスが続いている。

 ナイトワークはこの社会で、ふしぎな立ち位置にいる。
 法律が用意されているということは、国から許可されているということだ。決して非合法ではない。彼らの多くは法律を遵守し、税金もおさめている。むろん例外もあるだろうが、そんなのはどの業種でもありえる。
 一方で行政からは、特別な(というよりは不遇な)扱いを受けている。それはコロナに限らない。コロナでようやく話題にのぼっただけであって、補助金の除外のような扱いは以前からあったのだ。行政は前例を踏襲しただけだ。

 わたしたちはナイトワークにどういう印象を持っているだろう。

 偏見がない? では、ナイトワークの会社とも積極的に取引を拡大してゆきたいと思うだろうか。新卒採用の内定者がナイトワークの企業と迷っていると言ってきたら、あなたはどう説得するだろう。

 求人業界のデファクト・スタンダードも存在しない。タウンワークやバイトル、Indeedといった大手媒体であっても線引きはバラバラだ。それぞれのメディアの自主的な判断によって、掲載可否が決まっている。

 ナイトワークは口をつぐまれやすい領域の最たるものだ。とりあえず掲載しなくていいか。まだ考えなくていいか。なんか危なそうだし。そうやって先送りされてきたことは想像に容易い。

 ではなぜマッハバイトは惰性を脱し、ナイトワークの掲載へと踏み切ることになったのか。そこにはどんなきっかけがあったのか、どんな方針転換があったのだろうか。

掲載に踏み切ったきっかけ

 マッハバイトがナイトワークを扱うことになったきっかけを知るため、事業部長の山田修さんと、プロジェクトリーダーの武田紗永子さんに話を聞いた。

 一番のきっかけは、ビジョンの改訂にあるという。新しいマッハバイトのビジョン・ステートメントでは「バイトもキャリア」という文言を掲げ、バイトにおいてもスキルを正しく待遇に反映させることを目指している。
 バイトでも派遣でも、仕事は経験になる。その経験が次の仕事に活きるかどうかは仕事の内容にもよるけれど、少なくとも雇用形態で決められることではない。バイトの経験だって活きることがあれば、正社員の経験だって活きないことはある。

 最近はバイトの経験を職務経歴書に書く人も増えてきた。しかし未だに書かれづらい仕事もある。その筆頭がナイトワークだ。なぜ書きづらい、言いづらいことになってしまっているのか。それは偏見が根強いから、というほかないだろう。
 ナイトワークは人に言えない、やましい仕事なのだろうか。そう思う人が多いなら、口をつぐむ人が出て当然だ。
 誰もが口をつぐめば、ナイトワークの扱いは前例を踏襲して温存される。この社会からますます見えなくなっていく。果たしてそれでいいのだろうか。

「ホストをやってたので、接客は自信があります」
 なんのてらいもなくそう言える社会を、マッハバイトは目指した。そのために夜の仕事を禁忌として扱うことを終わらせようとしている。

 もちろんいきなり全てではない。一部を掲載するといってもNG業種は残るし、線引きやルールも必要だ。
 常識を覆すことは、ちゃぶ台返しとはまったく異なる仕事だ。時限爆弾を解体するような慎重さと根気が必要になる。
 彼らがどのように検討を進めていったのか。もう少しヒアリングを続けたい。

不安は無知から生まれている

 プロジェクトリーダーの武田さんがこの仕事の依頼を受けたとき、胸中に不安がなかったわけではない。メンバーからも不安の声はあがった。
 お金をちゃんと支払ってもらえるのか。反社会的勢力とのつながりはないのか。社外からの見え方はどうだろうか。法律を遵守していない企業を見抜けるのか。問い合わせ対応はこれまで通りの体制でいいのか。

 導入の検討にあたり、まずは事業部で勉強会を開催し、学ぶことから始めていった。「細かい仕様を決めていくにあたって、商売の仕組みがわかってないと議論が進められなかった」と武田さんは振り返る。
 関係各所のメンバーに有志をあわせて総勢二十名が参加し、関連する法律や、ナイトワークの実態を調べて討議を重ねた。前提となる知識が揃ったことで、実りある議論に達することができた。

 もやもやした不安は形を変え、具体的な課題となっていった。
 求人票の正しさをどう担保すべきか。ノルマや罰金など不当な減給制度が見つかったらどう対処するか。反社とのつながりはないか。店舗営業の適法性をどう確認するか。未成年への表示配慮をどうするか。
 一つ一つに現実的な対処を考え、求職者が安全に働ける道を模索する。対応策が見つからなければ、掲載は見送るしかない。求人を掲載するということは、ただ情報を載せるということではない。ここで働いても大丈夫なのだと求人メディアが担保することだ。

 結果的に一部ナイトワークに掲載許可を出し、風俗業は見送りとなった。線を引く上で徹底されたのはNG理由の明文化だ。「なんとなく」「競合もそうしているから」「不安だから」という理由で判断することはなかった。「もうなんとなくでNGが続くのは終わりにしたい」。それぞれの業種について、明瞭に線引きの理由を述べていた二人の姿が印象的だった。

 参加者のひとり鶴田苑美さんは今年新卒で入社し、マッハバイトで働いている。
 鶴田さんも参加前はナイトワークに対して「なんとなく怖い」「なんとなく危なそう」「なんとなく搾取構造が強そう」というイメージを抱いていたそうだが、参加した後には、ナイトワークも法律を遵守して経営している一つの商いである、と認識を改めた。

 印象的だった出来事に、風俗業の検討があった。議論の途中、参加者の一人から「すべての職業を平等に扱うという観点に立って、できるなら風俗を含めて全部OKにしたい」という意見があがった。
 自分の中では風俗業は無理かなと最初から印象論でラインを引いていた、と鶴田さんは振り返る。賛否を議論する前に、議題にすら上がらない状態にしていた。
 議論を経て結局、風俗業は除外されることにはなったが、鶴田さんは議題に上がることに意味があったと感じている。ただ世間の印象をなんとなく再生産するのではなく、自分たちで考えてラインを作って行く過程にわくわくした。それぞれの人の素直な気持ちや考えが共有されたことで、お互いの内省も進んでいった。

 部長の山田さんは会を振り返ってこう語る。
「偏見はやっぱりある。偏ったイメージを持ってしまうことは事実なので、それが議論の場で出てくるのは仕方ない。でもノーの理由をそれにはしたくなかった」
 鶴田さんも勉強会を「自分たちの中にある偏見をなくすための大事な一歩だった」と語った。「社会から偏見を減らすためには、まず自分たちの偏見に気づくことが必要だった」。

目に見えないもの、口に出さないこと

 山田さんがナイトワークの検討を言い出したとき、反対する声の少なさに驚いたという。もっと反対があると思っていたが、実際には事業部メンバーもバックオフィスも、どういう実現方法がありえるかを一緒に考えてくれた。

 十五年間も頑なに守り続けてきた掲載拒否は、あっけなく崩れ去った。「ナイトワークって本当に掲載できないんでしたっけ」。その一言が惰性を吹き飛ばした。
 なぜ十五年も掲載拒否が続いてきたのか。理由は本当に無いのだろう。なんとなくが続いていただけだ。議論が起これば、結果は見えていた。しかしその議論を起こすのが難しい。一つボタンをかけ違えれば、マッハバイトでもナイトワークは掲載NGのままだっただろう。

 ナイトワークがみな取引すべき業界なのだと言いたいわけではない。勉強会の結果見えてきたのは、やっぱり細心の注意が必要だということだ。実際の運用を経て、新たな課題も見つかるだろう。単に掲載を拒否していればよかったときよりも、頭を悩ませることは多い。

 それでも前には進んでいる。見えないものを見えないままにしておくのは楽かもしれない。口にしづらいものを口にするのは大変かもしれない。でも、たとえ何もしないより過酷な道だったとしても、なんとなく視界の外に置いてきたものに目を向けてゆきたい。
 なんとなく続けてしまっていることが、必ずしも良いことだとは限らない。時代が変わるれば、常識も変わる。もたらされるはずだった変化を置き去りにしないためにも、一滴の勇気を振り絞りたい。

執筆 桂大介

会社を経営したことで社会の定型に違和感を覚え、教育や経済のオルタナティブに関心を持つ。リブセンスでは企業の在り方を再考する経営デザインプロジェクトを担当。人事制度の提言や研修「常識を考え直すワークショップ」の企画を行っている。趣味はアルコールとファッション。