2021.09.01

入社時に提出する「身元保証書」は本当に必要なのか? 江戸時代から続く日本独特の風習を問う

 あなたは身元保証書という書類を会社に提出したことがあるだろうか。そのとき誰にお願いしただろう。

 この記事を書くにあたって、周囲の何人かに「身元保証書って書きましたか?」「誰に頼みました?」と聞いてみたが「うーん覚えてない……出した気はする」「たぶん親だったと思うんだけど」というくらいの回答しか返ってこなかった。ほとんどの人にとっては、入社事務のうちの一つの、取るに足らない書類みたいだ。
 しかし、そうではない人もいる。今日はそんな話である。

 リブセンスでは(そして他にも多くの企業で)社員が入社する際には、身元保証書の提出をお願いしている。聞き慣れない方もいると思うので、まずはその内容を簡単に説明しておきたい。
 身元保証書とは、その名が指すような「身元を保証する書類」、つまり経歴に嘘がないとか、人柄がそれなりにいいとか、そういうことを当人と別の第三者が保証するという書類ではない・・・・。そういう側面も一応あるけれど、実際のところその主な役割は「損害賠償の連帯保証人」を立てることである。従業員が不測の事態によって会社から損害賠償を請求されたときに、ともにその賠償責任を担う人だ。賠償金を払う人だ。

 実際にリブセンスが使っている身元保証書を見てみると、保証人のサイン欄の上にこんな文言がある。

当該労働契約により生ずる一切の義務に関し本人と連帯して保証の責めに任じ、万が一本人が故意または重大な過失により貴社に損害を与えた場合には、連帯して貴社の被られた損害を本書に定める極度額の範囲にて賠償する旨、確約いたします。

 賠償する旨の確約。人生のうちでこんな重苦しい書類にサインする機会はそうそうない。こうした責任の重大さゆえか、身元保証人にはさまざまな条件がつくことが多い。複数社の身元保証書を調べてみると、なかにはこんなものがあった。

  • 世帯主に限る
  • 日本国籍を有する者に限る
  • 二名分(二世帯主)が必要
  • 遠方に住む親戚は除く

 身元保証書は身内に頼んで書いてもらう人がほとんどだ。しかし、そうはいかない人もいる。
 親が亡くなっている、虐待サバイバーで親に頼りたくない、経済的余裕がなく拒否された、親族と没交渉である、他国から働きにきている、親以外のもう一名が見つからない等々。
 多くの人が大した抵抗もなく手続きを済ませる一方で、さまざまな事情により、この書類の提出にたいへんな苦労を強いられる人がいる。

 実際に提出に苦労した社員が、こう語ってくれた。

「とても困っていました。友達に頼もうとも、私も友達も入社したばかりで忙しかったし、法的問題につながる可能性がある書類に署名してもらうとなると、聞く私も聞かれる相手もとても負担だと思ったためです。
なんとか親友にお願いもしたのですが、とても辛い顔で断られてしまって、自分にもダメージが大きかったので、必ず提出が必要なのかとか、当時の人事や法務の方々とも相談をお願いした覚えがあります」

 これが連帯保証の重さ、身元保証書の重さである。果たして、この書類にはそれだけの提出の価値があるのだろうか。

身元保証書は制度として本当に機能しているのか

 身元保証書が現在どれくらいの数の企業で利用されているか定かではないが、本邦においては広く知られた慣習となっている。その歴史は古く、江戸時代の奉公契約にまで遡る。その後は明治、大正と時代が経つにつれてこの契約は企業へと広がっていく。
 契約の原型はそのときにできて、今もほとんど変わっていないようだ。ただ当時は保証の対象が限定されていなかったため、保証人が大きな負担を背負わされて困窮することも少なくなかった。

 こうした社会問題を背景にして、昭和八年には「身元保証ニ関スル法律」が制定される。いまから九十年近くも前のことである。これでようやく契約に一定の制限が課されることになったが、それでも規制は必要最低限のもので、金額の制限が課されることもなかった。
 最近では二〇一七年の民法改正により「極度額を定めなければ、その効力を生じない」と規定された。もっともこの改正はあくまで限度額の明記を求めたものであって、上限を定めたものではない。いまでも保証の限度額は、個々の会社によって決められている。

 リブセンスの書類では、保証の限度額は被保証人(入社する社員)の年収相当額となっている。なかなか個人が気軽に保証できる金額ではない。
 身内に当てのない友人からサインを依頼されたとしたら、あなたはどうするだろうか。サインに悩んでいる友人に相談されたら、あなたはなんと答えるだろう。

 実際にこの制度は機能しているのだろうか。
 労務担当者に話を聞いた限りでは「請求した例はない」「五年で契約が切れるが、その後の更新はしていない」という回答だった。現在は提出自体の見直しも検討しているという。

 そもそも保証人が支払いを迫られるのは、被保証人たる従業員が損害賠償を求められ、かつ支払いが望めない場合であるが、企業が従業員に損害賠償を求めるのは簡単ではない。
 企業は従業員の活動から利益を得ているのだから、損害だけを弁済させようとするのは辻褄があわず、その請求権は大きく制限されている。また通常見込まれる失敗や危険は業務を命令した企業側が責任を負うのが当然なので、作業上のケアレスミスについて請求することも難しい。
 結果として、請求できるのは意図的に損害を起こした場合や、従業員の非が認められるような重過失に限られる。賠償額も損害の全額ではなく、その一部へと減額される場合が多い。こうした考え方は責任制限の法理と呼ばれ、多くの裁判例において採用されている。

 つまり身元保証人へと賠償が及ぶようなケースは、そもそもからして滅多にないのである。身元保証書は、その提出の過酷さと裏腹に、ほとんどの会社で機能していないのではないか。

企業は機能しない制度を捨て、保険という選択肢を

 諸外国ではどうなっているだろうか。
 欧米では基本的に身元保証書を提出する慣例はない。従業員が起こした損害は、本人や保証人に請求するのではなく、企業側が保険に入ってカバーするのが一般的である。こうした保険を身元信用保険と呼ぶ。米国では十九世紀には既に登場していた。上場企業や海外との取引が多い企業などが主な対象で、従業員が起こした横領や詐欺、窃盗、強盗、背任といった犯罪により企業が被った損害を補償する。
 日本でも昨今は個人情報漏洩など多額な賠償リスクが生まれてきたことを受け、企業向けの保険が充実してきた。特に金融やITの仕事は、一時のミスで莫大な損害が出ることもある。仮に従業員や保証人に損害賠償を請求できたとしても、損害の全額を回収できる可能性は低く、それなら最初から企業は保険に加入した方が賢明だ。故意や重過失がなく、従業員に請求できないケースでもこれならカバーできる。
 実際に既に保険に入っている企業も数多くあるだろう。会社経営をする上で当然のリスクヘッジだ。だとすればいまの時代、身元保証人を求めることにどれだけの意味があるだろう。

 身元保証書という日本に独特の風習は、そろそろ終わりにした方がいいのではないか。
 行政もまだまだ撤廃に向かっているとは言い難いが、たとえば大阪府は「労働相談事例解説」というコーナーでこんなことを書いている。

本府は、企業に対して、採用時における提出書類について、特に必要がないにもかかわらず従前からの慣習のみで求めないようにすることや、提出を求める場合でも不必要な書類の添付や身元保証人の人数など必要以上にプレッシャーを与えないようにするなどの配慮をお願いしています。

https://www.pref.osaka.lg.jp/sogorodo/konngetu3007/index.html

 身元保証書の提出は、多くの人にとっては、なんてことのないことかもしれない。しかしこれから少子化、高齢化、グローバル化が進むにつれて、保証人を立てるのが難しい人たちも増えていくはずだ。当人にとっては、声をあげづらい問題でもある。

 制度の廃止には勇気がいるかもしれない。経営者や人事担当者は、万が一のため、念のためと思うだろうし、ないよりはあった方がいいと考える人もいるだろう。そういう人たちは、もう一度冒頭の社員の声を読み直してほしい。
 ほとんど機能していない仕組みのために、苦しい思いをする人がいなくなることを願っている。それぞれの会社で、この書類がほんとうに必要なのかどうか、今一度問い直したい。

執筆 桂大介

会社を経営したことで社会の定型に違和感を覚え、教育や経済のオルタナティブに関心を持つ。リブセンスでは企業の在り方を再考する経営デザインプロジェクトを担当。人事制度の提言や研修「常識を考え直すワークショップ」の企画を行っている。趣味はアルコールとファッション。