2021.03.17

障害はどこにあるのか。職場における発達障害を考える

 「大人の発達障害」という言葉をここ数年で見聞きすることが増えたように感じる。みなさんは「発達障害」にどのようなイメージをお持ちだろうか。

 正直に書くと、私は発達障害について自分とはあまり関係のない他人事と感じていた。そのため「障害を抱えて仕事をするって大変なことが多いだろうな」くらいにしか考えていなかったように思う。

 しかし、『ぴーちゃんは人間じゃない?』という漫画を読んで、初めて、発達障害を自分ごととして捉えた。

 この漫画は、発達障害と、それに起因する重度のうつ病を抱えるイラストレーターのぴーちゃんが、理解者や協力者がおらず困難だった幼少期からの回想と、現在の会社でメンバーの理解と協力を得ながら仕事をする実体験を綴ったものだ。

 読んでみて3つ考えたことがあった。1つ目は、発達障害について自分は無知だと自覚したと同時に、無知ゆえに誰かを傷つけてきたのではないかということ。2つ目は、ぴーちゃんを採用した会社が発達障害について理解しようと努め、困難があれば対話を通じて合理的に解決していこうとする姿勢に素敵だなと感じたこと。3つ目は、発達障害の特性(集中できない、じっとしていられないなど)は程度の差があるだけで誰もが大なり小なり有しており、自分にも無関係なことではないと感じたこと。

 問いも生まれた。1つは、発達障害の特性によって困っている人がいたとき、自分ができる事にはどんなことがあるだろうかということ。もう1つは、経営指針に「多様な働き方の実現」「差別、ハラスメントの根絶と平等の実現」を掲げるリブセンスだが、発達障害の社員にとって働きやすい環境なのだろうかということだ。

 今回は発達障害の特性を自認する社員数名に話を聞くことができたので、発達障害の特性をどのように捉え、どのような関わり方が心地よいのか考えてみたい。

発達障害とはどのようなものなのか?

 そもそも発達障害とはどのようなものなのだろうか。厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス総合サイト」を見ると次のように説明されている。

 「発達障害は生まれつきの特性で、『病気』とは異なります。発達障害はいくつかのタイプに分類されており、自閉症、アスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害、チック障害、吃音(症)などが含まれます。これらは、生まれつき脳の一部の機能に障害があるという点が共通しています。同じ人に、いくつかのタイプの発達障害があることも珍しくなく、そのため、同じ障害がある人同士でもまったく似ていないように見えることがあります。個人差がとても大きいという点が、「発達障害」の特徴といえるかもしれません」

 病気ではなく、特性。特性とは「そのものだけが持つ性質」だ。ということは、病気のように治したり取り除いたりする対象ではなく、持って生まれたその人の性質の一部分として長く付き合っていくものなのだろう。

 代表的な発達障害として挙げられるのは、自閉症スペクトラム障害(ASD)、注意欠如・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)の3つだ。ASDはコミュニケーションに困難があり、「場の空気や状況が読めない、言葉通りに受け取ってしまう、知覚が非常に敏感」などの特性がある。ADHDには「不注意」「多動性」「衝動性」の3つの要素があり、「集中力がない、忘れ物が多い、約束が守れない」などの特性がある。LDは全般的な知的発達には問題がないのに、読む、書く、計算するなど特定の事柄のみが難しく、「文章のどこを読んでいるのかよくわからなくなる」「電話を聞きながらメモを取れない」「簡単なお釣りの計算や金銭管理ができない」などの特性がある。

 これらの特性を切り取ってみると「私にもあるある」と感じるものもあるが、発達障害の場合、それが「あるある」と受け流せるものではなく、日常生活を送るうえで支障をきたし本人にとって障害となってしまうのだ。

 あるクリニックのサイトにこのようなことが書いてあった。

 「発達障害は『特性』であるはずなのに、なぜそれが『障害』になるのか。それは、社会や環境が発達障害ではない多数派(定型発達者)向けにつくられていて、その社会で少数派である発達障害者(非定型発達者)が様々な困難に遭い、不利益を被るからだ。それが発達障害という問題を生む」

 これを読んで、私はハッとした。このブログで取り上げてきた、日本で仕事をする日本語ノンネイティブの社員や、右利き中心の環境で生活する左利きの人、育児や介護で時短勤務する人と通じる話だ、と。社会が多様性を柔軟に受け入れられないから特性が障害とみなされてしまうのであって、発達障害の特性がある人=障害者ではないのだと視点が180度変わった気がした。

オープンにできる環境か

 リブセンス社内では、今回3名の当事者に話を聞くことができた。全員社会人になってから自身が発達障害の特性を持っていることを知ったというが、どのような経緯で知るに至ったのだろうか。

 「うつ症状が出て通院していたのですが、その際に発達障害のASDの傾向もあるようだねと医者に言われました。『変わってるよね』と言われたり、言葉通りに受け取って背景を読み取れないことに『それは人に興味がないからでは?』と言われたりすることがよくあり、気にしていました。そんなつもりは全然ないのにと。それが思いもよらずASDの特性だと知って『なるほど、そうだったのか』と今までのことが腑に落ちた感じがしました」とAさんは言う。

 発達障害が本人や周囲の人に正しく理解されず、困難やマイナスの評価が積み重なることによって、うつ病や適応障害など、精神面や行動面での症状が二次的に生じてくることを二次障害と呼ぶ。他の2名もほぼ同様の経緯だった。

 自身に発達障害の傾向があると分かってから、社内でオープンにしているのか。また配慮されていることはあるのか聞いてみた。

 「発達障害の傾向があることは特にオープンにするつもりはないです。きっと私が助けを求めたら、周りのメンバーは応えてくれるんだと思います。でも、人生長いですし、キャリアアップもしたい。発達障害のことをオープンにしたことでマイナスイメージを持たれるのは嫌ですね」

 一方、Bさんは分かってすぐ一部の人に伝えたそうだ。次のように話してくれた。「うつ病については、仕事で関わる上司や同僚など3~4名に、ADHDの傾向があることについては上司1人にだけ伝えています。伝えることへの躊躇はなかったですね。むしろ、働きづらさの要因は発達障害の特性にもあるんだと知り、自分自身が潰れる前に、早く伝えて手を打たなければと考えました。ただ、うつ病は世の中的にも理解が進んでいるので配慮してもらいやすいですが、『小さな間違いも許されない緊張度の高い仕事には困難が生じる』という私のADHDの特性はまだ理解されづらいものだと思うので、どこまでオープンにするのかは悩ましいですね」

 Cさんは入社前の選考時から一部の人には伝えていたそうだ。「前職で適応障害で休職したことをきっかけに、ADHDの傾向があることが分かっていたので、リブセンスでは入社する前の段階から上司となる人にはお伝えしていました。その後も何か難しいなと感じることがある度に1on1などで、何が難しいか、どんな風にやればやりやすくなるかを相談しています。そのため、今ではあまり発達障害ということを意識せずに働けるようになりました」と語ってくれた。

 また、「私のように、障害者枠ではなく一般枠の採用で、フルタイムの正社員として就労することは、発達障害の当事者にとって実はものすごくレアケースなのです」とCさんは教えてくれた。

 なお、ここで心に留めておきたいのは、Aさんの「オープンにしたことでマイナスイメージを持たれるのは嫌ですね」というコメントだ。気持ちが痛いほど分かるとともに、そういう気持ちにさせてしまっていることは、リブセンスの目指す「多様な働き方の実現」にとって大きな課題であると考える。

多様な働き方が見える重要性

 それぞれにインタビューをする中で、3名から共通して出てきた話がある。それが「社内に発達障害を持つ社員のモデルケースがあればいいのに」というものだった。

 Bさんからはこのような意見があった。「ADHDに関してオープンにしている相手は上司1人だけなので、もっとオープンにしやすければいいのになとは思います。例えば、ADHDでもリブセンスではこういうふうに働いているよという事例やモデルケースがあったり、社内ではこういう配慮をしています・障害を持つ人の働き方をこんなふうに確立しています、とか。診断された時点では社内に全然そういう情報がなかったので、もっと見える化されていれば良いなと今も働きながら思います。これはビハインドを持つ当事者にしか分からないことかもしれないですが、みんながみんな健康で健全な状態で働いているわけではないと思うので、そういう情報をオープンにしてもらえるといいなと思います」

 そう言われると、確かに、私も入社して約2年になるが、障害とともに働く人の事例はまだ見たことがなかった。

 Cさんからはこのような話もあった。「もっと働きやすくするためには、自己開示がキーワードになると思っています。発達障害の場合『あなたが働きやすくなるために必要だから、あなたの苦手なことや弱みを色々教えてください』というトーンで毎回アプローチされがちなんです。でも、同じ職場で働く仲間として一方的にあなたのことだけを教えてくださいって、なんかそれはフェアじゃないなと感じます。ではあなたの苦手も教えてくださいよ、と。それよりも、発達障害かどうかに関わらず、チームメンバーで日頃からお互いの強みや弱みを自己開示し合えているかどうかのほうが大事な気がします。発達障害の人が働きやすくなるには、という個別最適を狙うのではなく、みんな違うんだ、という前提にたって働きやすさを考えるほうが良いと思いますね」

 確かに、一方的に自己開示しなければいけない関係はフェアではないと感じる。対等で良好な関係を築くには、お互いが同じくらい理解し合えることが大切だ。自分よがりな「あなたのため」になっていないか、改めて気をつけたいと考えた。

 また、Cさんはこんなことも話してくれた。「とはいえ、今のチームでは、対話による相互理解を時間をかけて重ねられたことや、リモートワークが中心の働き方に変化することができたことで、仕事でも社会生活でもそんなに困ってないんですよ。だから現状だけを見れば、発達障害がないとも言えるんですよね。ただこれがもし、部署が変わります、転職しますとなったらハードルはあります。またゼロから理解を得なきゃいけないので。あと、今すぐには発達障害を理解することが難しそうな人もいると思うので、『常識を考え直すワークショップ』の発達障害版みたいなものが社内外で開催されるといいのにと思います」

 発達障害の人の割合は、種類や特性の程度は様々だが、おおよそ人口の10%くらいだと言われている。左利きの人の割合と同程度だ。10人に1人は決して少なくない。でも、それにしては、私たちはあまりに発達障害への理解度が低いのではないだろうか。リブセンス社内では随分ジェンダーのことを話題にしやすくなった。それと同じように、発達障害について、またうつ病などのメンタルヘルスについて、もっと話題にしやすくなれば心が楽になる人もいるのではないか。

特性を障害にしないために

 今回の記事は、慎重に取り組んだように思う。理由は、誰が発達障害を持っているのか、それを知る術が、本人に聞くしかないというところからスタートしたからだ。Slackの全社チャンネルに「発達障害をテーマにした記事を書きたいので、もし話を聞かせていただける方がいたらDMをください」と投稿する勇気が持てるまで3週間かかった。猫を飼っている人を探すのとはわけが違う。オープンにしている人もいるかもしれないが、誰にも知られたくない人もいるだろうから、私の投稿を見て、記事の題材にされることを不快に思う人もいるかもしれないと不安があった。

 しかし、幸いなことに3名からDMをいただけた。「なかなか他の人に発達障害の話をすることができないので、テーマに取り上げられると知りとても嬉しく感じました」「最近発達障害の傾向があると知り、誰かに今の気持ちを話したいと思っていたんです」とのコメントに、協力してもらえてありがたいと思う気持ちと、やはり周囲にはオープンにはしづらい現状があるのだなと実感した。

 インタビューの最後、記事を読んだ人に伝えたいことはなにかありますか?と聞いたらAさんがこんな話をしてくれた。

 「うつ症状の背景に発達障害の傾向が影響していると知って間もないので、今回はネガティブな話になりがちでしたが、発達障害の傾向のみでいうと、私はすごくポジティブに捉えています。もちろん仕事上のやりづらさはありますが、自分の性格や今まで体験してきたこと、多分ASDが強みとなって得られた語彙力、そういうことを考えると自分にとってはすごく良いものだと思っているんですよね。

 なので、発達障害に関わらずですが、ひとの人格とか性格を『変わってるよね』といじるのは良くないなと思います。変わってる理由って人それぞれだと思うんです。分かっていない、もしくは言わないだけでその人は発達障害かもしれない。反対に『自分、多動だから』って名前を付けて卑下するのも良くない。人格や性格を変わってるといじるのは良くないです」

 発達障害のような特性を「障害」にしてしまっているのは、私たちがつくっている環境や文化なのではないだろうか。自分のバイアスや尺度で一方的に判断することで、他者の尊厳を傷つけてしまってはいないだろうか。

 ひとは誰しも得意なこと、不得意なことがあり、その特性は凸凹(でこぼこ)している。発達障害はその凸凹が大きい場合を指すに過ぎない。だから、障害がある・ないという二項対立で捉えるものではないし、個々人の特性の違いを無視して一括りに扱うものでもないのだ。

 それぞれの持つ特性に起因する課題があれば、どうすれば仕事しやすくなるか、生活しやすくなるか、解決方法を一緒に考える。そういう、互いの違いを認め合って助け合える環境は、きっとみんなにとって心地よいはずだ。

編集注:本稿はグレーゾーンも含めた当事者の声を中心に、筆者の考えを記述したものです。発達障害の疑いがあり実際に生活上の困りごとがある場合は、医療機関や行政の支援機関を受診し、専門家の助言を仰ぐことを推奨いたします。

執筆 小山舞子

「もしも私がその人だったら」と、相手のこころに寄り添う気持ちを大事にしたいと願いながら記事執筆に向き合う。プライベートでは障がい者福祉支援団体でのボランティア活動、動物保護団体の活動支援を行う。二〇一九年よりリブセンスの広報を担当。