2021.01.13

職場における呼称と無意識の偏見

小学生が「さん付け」で呼び合う時代

 みなさんは職場でなんと呼ばれているだろうか。そして、一緒に働く人のことをなんと呼んでいるだろうか。

 「○○さん」「○○ちゃん」「○○くん」「役職名」「呼び捨て」「ニックネーム」「ビジネスネーム」。相手によって呼び方が違うこともあれば、自分なりの考えがあって呼称を統一していることもあるだろうし、会社によっては呼称ルールが明確に定められていることもあるだろう。

 職場における呼称について考えたのは、社内のあるスラックチャンネルで、次のようなコメントと記事がシェアされたことがきっかけだった。

娘の通ってた小学校で「さん」の呼称が徹底されていて、こどもたちも基本的に教室では「名字+さん」で呼び合っていた。
娘から「××さんがね、」って聞くとつい最初の頃は「××さんは、××くんなの? ××ちゃんなの?」っていちいち性別を聞きたくなってたんだけど、だんだんそれが要らない確認だな、別に性別がどっちとか聞かなくてもいいやん、と思えるようになっていた。
そういえば会社では新卒や若手のメンバーに親しみを込めて「名字+くん」「名字+ちゃん」で呼んだりするけど、これも変わっていくのかな。

https://blogos.com/article/297120/

 ここで話題にされているのは「性別」だ。性別を生物学的な男性・女性の二種類で考えてしまいがちなことや、人物像を捉えるうえで性別を確認したくなる気持ちなど。自分にも思い当たることで興味深かった。

 この投稿を読んで、性別とは別の観点で気になる部分もあった。それが『会社では新卒や若手のメンバーに親しみを込めて「名字+くん」「名字+ちゃん」で呼んだりする』という点だ。私も普段は「名字+さん付け」を基本としているが、年下の人を「名字または名前+くん・ちゃん付け」することがある。そう思い返しながら、ふと、社会人が会社で「くん・ちゃん付け」している一方で、小学生が学校で「さん付け」で呼び合っていることを想像したら、状況が逆転しているようでなんだか不思議な気持ちになった。

呼称に対する個人の意識

 リブセンスでは、代表の村上をみんなで「村上さん」と呼んでいることもあり、全社的に「さん付け」文化があると言える。しかし、明文化されたルールはなく自由だ。実際のところ、社員はどのような意識で、どのような呼称を使用しているのか、数名に話を訊いてみた。

「名前+さん付け」と「名前の呼び捨て」で呼ばれることが多いです。名字で呼ばれるより心地いいかもしれません。みんなのことは「さん付け」ですが、仲良くなったら「あだ名」で呼ぶことが多いです。配慮はしますが、仲良くなるためにあえて「あだ名」で呼ぶこともあります。(企画職・男性)

基本的に「さん付け」で呼んでいます。「さん付け」であれば相手が不快に思う地雷を踏むことを避けられるからです。単にみんなが呼んでいるから、という理由でその人のことを「あだ名」で呼ぶことは無いです。(企画職・男性)

呼ばれ方は、名字や名前に「さん付け」が一番多いですが、「名前+ちゃん付け」や「名前のあだ名」など、名前由来の呼称であれば何でも良いです。呼ばれたことはありませんが、容姿や言動の特徴からつく「あだ名」は嫌ですね。(カスタマーサポート・女性)

所属グループに体育会系の男性が多く「名字呼び捨て」で呼ばれることにも慣れました。個人的に、同じ人からの呼ばれ方がときによって変わると「あれ、わたし今よそよそしくされてるのかな?」と不安になるので、相手にはそう感じさせないよう「名字+さん付け」で統一しています(営業職・女性)

呼称は相手との関係値が大事! 関係値がないのに距離感が近い呼び方をされると違和感を覚えます。(企画職・男性)

同じグループのメンバーのことは、年齢や役職に関係なく「ニックネーム」で呼び合うことが多いです。その方が変なしがらみを気にすることなく業務に取り組むことが出来る気がしています。(管理部門・女性)

呼ばれて心地いいのは「名前のあだ名」か「名字+さん付け」です。相手との距離を近く感じられるからだと思います。先輩、後輩、同僚であれば、なんと呼ばれたいか聞くようにしてます。年下の方でも「名字+くん付け」で呼ばれるのが好きじゃない人もいると知ってから意識するようになりました。(企画職・女性)

 やはり「名字+さん付け」を基本とする人は多い。一方で、関係値を築けた相手のことは「あだ名」や「くん・ちゃん付け」で呼ぶほうがコミュニケーションしやすくなると感じる人も少なくない。場合によっては、その効果を狙って、意図的に「名字+さん付け」以外の呼称をつかうこともあるようだ。私が所属する人事企画・広報グループでは、人によって対応に差をつけないために、意識してみんなを「名字+さん付け」で呼ぶようにしていると答える人が多かったことを考えると、担当業務や所属部門によっても特色があると感じた。

 なお、話を訊く中で、思っていたよりも女性社員が「名前+ちゃん付け」でも呼ばれていることを知った。(他方、男性社員は「あだ名」が多く「くん付け」は少なかった)また、本人が「ちゃん付け」で呼ばれることに特に違和感を持っておらず、むしろ距離感の近さを好意的に受け止めていた。恐らく、好意的に受け止められるのは、呼ぶ相手と良い関係が築けている前提があるからだと想像する。それは、社内の様子を見ていて感じる。ただ、少し引っかかる面があるのだ。

「くん・ちゃん付け」と「さん付け」の境目

 私自身、新卒入社二年目頃まで一部の先輩社員から「舞子ちゃん」と呼ばれていたことがあった。今では、私が年下の社員を「くん・ちゃん付け」で呼ぶことがある。だが改めて考えると「くん・ちゃん付け」呼称はいくつかの問題をはらんでいるかもしれない。

 ひとつは、無意識に、相手が年下であるということだけでなく、立場も自分より下とみなして使う呼称かもしれないということだ。自分としては、後輩に対して親しみを込めた呼び方をしただけ。こちらから距離を縮めたほうが相手も気が楽かもしれない、と考えてのことだった。

 しかし、親近感を表したいという理由で、年上や役職者に気兼ねなく「くん・ちゃん付け」するかと言われると、しない。仮に年齢が下だとしても、役職が上の人にはしないだろう。だとすると、自分の中に年齢や役職に対する無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)があり、それによって呼称を使い分けている可能性があると考えた。

 ふたつめは、「くん・ちゃん付け」は「さん付け」に比べると親密度がぐっと高まるので、呼ばれた相手が馴れ馴れしさや心地悪さを感じる、ひいてはパワハラやセクハラになりかねないという問題だ。社員に話を訊いた際にも「呼称は相手との関係値が大事! 関係値がないのに距離感が近い呼び方をされると違和感を覚えます。(企画職・男性)」という意見もあった。

 しばしばSNSで、女性社員が年上の男性社員に「名前+ちゃん」で呼ばれ嫌悪感を抱くことを吐露する投稿を見かける。「ちゃん付けされるほど親密な関係でもない」「さん付けされる人とちゃん付けされる人がいて、その差が気になる」「責任を持って取り組む仕事場で、子供っぽくちゃん付けされることに違和感を覚える」など様々だ。

 一概に「くん・ちゃん付け」呼称が悪だとは思わない。社員のコメントにもあったように「さん付け」よりも心理的距離が近くなるので、仲間として受け入れられたような嬉しさを感じる場合もある。私にも経験がある。

 ただ、扱いの難しさを感じるのだ。例えば、新入社員の私に「舞子ちゃん」と呼ぶ人たちと定年まで一緒に働いたとして、私は定年まで「ちゃん付け」で呼ばれ続けるのだろうか。どこかのタイミングで「さん付け」になるのだろうかと疑問が湧いた。

 どこかのタイミングとは、いつだろう。

 マネージャーなどの役職に就いたタイミングはひとつあるだろう。実際にそのような例を見たことがある。年下と言えども上司。部下をまとめ、組織をリードする立場の人を「ちゃん付け」し続けるのは、互いにやりづらさが生まれそうだ。

 「年齢」はどうだろう。と言っても、何歳まで「ちゃん付け」で何歳から「さん付け」なのだろう。もし十代で入社した場合は、成人したタイミングで呼称を変えるという手もある。しかし、四年制大学を卒業して社会人になっている場合は、入社時点でとっくに成人だ。二十代までは「ちゃん付け」? 三十代からは「さん付け」? 年齢を基準に考えると年齢に対するバイアスも影響してきて、結局「さん付け」に切り替えるタイミングを掴めない気がしてきた。

 呼称に絶対はない。しかし、だからこそ、改めて考えてみても良いのかもしれない。なぜ私はそう呼ばれるのか。なぜ私は一緒に働く人のことをそう呼ぶのか。

 些細なことかもしれないが、呼称が、自分の中にある無意識の偏見と向き合うきっかけの一つになるかもしれない。

執筆 小山舞子

「もしも私がその人だったら」と、相手のこころに寄り添う気持ちを大事にしたいと願いながら記事執筆に向き合う。プライベートでは障がい者福祉支援団体でのボランティア活動、動物保護団体の活動支援を行う。二〇一九年よりリブセンスの広報を担当。

編集後記