2021.04.28

障害者雇用におけるリモートワークの功罪と危険性

 「申し訳ないけど、オフィス縮小に伴ってあなたにお願いできる仕事がなくなったから、今月で契約を終了とさせていただきます」

 ある日突然、上司からそのように告げられたとしたら、あなたならどう感じるだろうか。

 未だ世界中で猛威を振るっているCOVID-19は、多種多様な形で世の中を変容させた。労働者の雇用の領域に関して言えば、最も大きな変化のひとつとして、リモートワークの急速な広がりが挙げられる。リモートワークによって、労働者を取り巻く環境はどのように変化したのだろうか。今回は、社会的マイノリティとされる障害者の雇用という視点で考えてみたい。

障害者雇用の深刻な現状と新たな機会の創出

 まずは、障害者雇用を取り巻く現状を概観したい。

 厚生労働省によると、民間企業に雇用されている障害者はおよそ五六万人にのぼり、二〇一九年まで十六年連続で過去最高の雇用者数を更新していた。

 ところが、二〇二〇年になるとCOVID-19により障害者の雇用状況は深刻な影響を受けた。企業を解雇された障害者は二〇二〇年三月から九月までの半年間で一二〇〇人にのぼり、前年の同じ時期と比較しておよそ四〇%増加した。業績の悪化や、一般的に障害者に割り振られることが多い庶務や清掃といったオフィスへの出社が必要となる仕事がリモートワークの広がりによって減少したことの煽りを受けたものと考えられる。

 一方で、リモートワークの進展により就業機会が拡大する障害者もいる。もともと、都市部では障害者雇用の求人が多くあるにも関わらず充足率が低く、地方では職を探している障害者に対して求人が少ない状況にあった。リモートワークを推進する企業が増えたことにより、都市部の企業が地方に住む障害者を在宅勤務で雇用するケースが増えている。厚生労働省もそういったマッチングを推進する活動を行っており、民間でも地方に住む障害者を紹介する人材サービスなどが登場してきている。

 地方在住者や、ほかにも自宅からの外出が困難だった障害者にとっても、リモートワークが急速に広がったことにより自宅から離れた場所にある企業に就職するチャンスが広がった。企業と障害者の双方にメリットがあり、リモートワークを活用した就労形態は今後広がりを見せていくだろう。

リブセンスで働く当事者たちの声

 リブセンスでもCOVID-19への対応として二〇二〇年二月から現在に至るまで、全社的なリモートワークを実施している。リブセンスで働く障害のある当事者はリモートワークについてどのように感じているのだろうか。

 統合失調症を患うAさんは、自身の働く環境について次のように話す。

 「上司とは一対一で話す機会が毎週あり、相談はしやすい環境です。体調が悪い時はミーティングなどを避けてもらえますし、服薬の影響で勤務時間中に眠くなってしまうことがありますが、自宅なのでソファーで休憩できて、上司からも『休んでください』と言っていただいています。また、人と会話をするのが難しくなる日が時折ありますが、そんな日にチャットだけでコミュニケーションを済ませられるのは助かります」

 一方で、リモートワークに伴うデメリットも感じている。

 「リモートワークがメインで助かっているとはいえ、たまに出社しても近くの席に座っている人の名前も分からずいつまでも『よそ者感』があります。私は職場の人と仲良くなりたいほうで、たばこを吸うので前職までは喫煙所で人とコミュニケーションを取って繋がることもありましたが、今の会社では自分のチームの人以外は一向に知り合いができません」

 リブセンスで障害者採用を行っている担当者にも、リモートワークを進める際の考え方について話を聞いた。

 「リモートワークに伴う変化は健常者か障害者かを問わず起こる可能性があります。障害者に関しては障害の種類や程度は人によって異なるので一概には言えない部分はありますが、配慮事項については考慮をしたうえで、一人ひとりの特性や能力をフラットに見てその人にとってのよりよい働き方を本人と相談して一緒に考えます。それは、健常者であっても、例えばコンディションが悪化してしまった時は業務調整をしたりマネジメント方法を変えたりするのと恐らく同じことだと思います」

 確かにリモートワークによって生じるメリットとデメリットはみんな等しくあり、健常者と障害者の間に違いはないように思える。本当にそうだろうか。

リモートワークが生み出す潜在的な危険性

 前述の通り、リモートワークは企業と障害者の両者に新たな可能性を生み出している。一方で、問題も抱えている。それは、やや逆説的ではあるが障害者の社会進出が阻害されてしまうリスクだ。

 そもそも、障害者の社会進出とはなんだろうか。お笑いタレントであり自身も障害のため両手両足が使えないホーキング青山さんは、著書の『考える障害者』の中で次のように述べている。

 あえて乱暴に、一番簡単に『障害者』全般の要望をわかりやすくまとめてしまえば、『同じ人間として扱ってほしい』ということに尽きると思う。これに猛反発する障害者はほとんどいないのではないだろうか。(中略)私は、この本の前半で、障害者の社会進出がほとんど進んでいないと書いてきたが、それは障害者への健常者の理解度が進んでいないということである。といっても、健常者を責めているわけではなく、障害者と健常者との接点があまりにもなく、理解しようにも理解できないからという面が非常に大きい。理解できないからそのままにしてしまっているという現実もあると思う。

 私も身内に障害者がいる。しかし、普段は離れて暮らしており、日常生活で障害者と接する機会はほとんどない。読者も、障害者と日常的な接点がほとんどない方が多いのではないだろうか。障害者雇用はある意味で障害者と健常者の接点を生み出しており、健常者と障害者が相互に理解しあうチャンスでもある。

 しかし、リモートワークの環境下ではどうか。障害の有無に関わらず、他者を理解しようとするとき、画面越しの情報からでは読み取れるものに限界がある。物理的に同じ空間に居合わせ、細かな立ち居振る舞いも伝わる場のほうが、五感で相手を認識できる。リモートワークでは「同僚の一人」を超えて「一人の個人」として相互理解を深めるにはなかなか難しい。

 それは障害者に限った話ではない。しかし、健常者同士のコミュニケーション不足以上に、障害者と健常者の相互理解が進まないことは、社会構造の問題につながる。一個人や組織の枠組みを超え、社会全体の障害者への無理解が意図せず再生産されてしまうとは言えないだろうか。見えづらかった者がさらに見えなくなってしまうことへの懸念だ。

 例えばさきほど紹介した、地方に在住する障害者をリモートワーク前提で雇用した都市部の企業が、COVID-19が収束し従業員を元通り出社させたらどうなるだろうか。健常者はみな顔を合わせて同じ空間で働き、障害者のみリモートで働くことになった結果、健常者と障害者の間にいつの間にか見えない壁が生じてしまう可能性は否定できない。

 一口に障害といってもさまざまな種類があり、さらに一人ひとり障害の程度や特性も異なるため、一緒くたに議論することはやや乱暴かもしれない。また、リモートワークという環境下であっても従業員同士の相互理解をうまく進めている企業もあまた存在する。

 ただ、社会が大きく変わるとき、その社会で生きる組織や個人も否応なしに変化を余儀なくされる。そのこと自体に良いも悪いもないが、そんなとき往々にしてマイノリティとされる人たちがしわ寄せを受けるリスクが常に隣合わせであることを忘れてはならない。

執筆 金土太一

日々、目の前のヒトとコトと向き合いつつ、個人と組織がどちらもwin-winになれるよう試行錯誤している。最近意識していることは平等(equal)ではなく公平(fair)であること。労務からキャリアをスタートし、人事企画、広報と領域を広げ現在に至る。プライベートではテニスを愛する二児の父親。